遊園地・前編
「……あかね」 車のハンドルを握りながら、友雅はあかねに声をかけた。 「今日は……二人で遊園地に行く予定じゃなかったかな?」 その声は堅く、表情は仏頂面だ。 「はい……そうですね」 あいづちを打つあかねの表情は苦笑い。 「では、なぜ人数が増えているのかな……?」 「…………」 あかねは何も言えなかった。もはや乾いた笑いを立てるしかない。 そんな二人の間、後部座席から顔を出した天真が、友雅に向かって言った。 「何さっきと同じようなやり取りやってんだよ。いつまでもぐちぐち言うなんて、お前って結構女々しい奴なんだな」 言われた友雅は、こめかみを引きつらせながら言い返す。 「すまないね。先程からバックミラーに不愉快な景色が映るものでね」 バックミラー越しに火花が散る。 あかねは慌てて割って入った。 「ご、ごめんなさい友雅さん。昨日私、ランちゃんに今日のこと言っちゃって……」 「別に君のせいではないさ。ただどこかの無粋な輩に、無性に腹が立ってね」 「ああん? それは俺のことかよ、おい?」 「先輩やめなって、確かに邪魔しに来たんでしょ」 「お兄ちゃんだけね」 小声で天真をなだめる詩紋。そしてランが淡々と付け足した。 「うるせっ」 「あああ! みんな! アメあるよ、アメ!」 騒がしい車内をなんとか和やかなムードにしようと、あかねは飴の袋を取り出して開けた。 「おう」 まだぶっきらぼうな声ながら、天真があかねの持つ袋に手を伸ばす。 その瞬間、車がぐんと加速した。 「おわっ!」 いきなりの加速に、天真はシートにしたたかに背中を打ちつけた。 「おやおやすまないね。後ろの車が急に車間距離を詰めてきたものだから」 ひょうひょうと言ってのける友雅。 その口調からも分かるとおり、後ろの車との距離はだいぶ空いていた。 「も〜、友雅さん大人気ないよ〜」 「あ〜痛てぇ。くっそ〜」 あかねのいさめる声の後ろで、天真がぶつぶつ言うのが聞こえる。 しかしそんなものは全く無視して、なおも友雅は続けた。 「あかね、私も飴を一つ欲しいのだけれど」 「あ、はい」 「運転中で手がふさがっているし、君が食べさせてくれないか?」 「は〜い」 天真が詩紋に押さえられながらも何か言っているのさらりとを無視し、友雅はあかねの手からあめ玉を食べる。 食べる瞬間ちらりと天真に流し目を送ったことから、これが挑発であるのは明白だ。 「てっ、てめえ〜」 悔しさにこぶしを堅く握るが、何分友雅は運転中なので手荒なことができない。 「くそやろ〜う!!」 車内に天真の声がこだました。 そもそも本日はあかねと友雅のデートの日であった。 どこかに出掛けようということになったとき、あかねは前から来たかったこの遊園地を希望した。 あかねと過ごせるなら友雅に特に異議はなく、そのまま目的地はここへ決定。 が、いざ出掛けようとあかねの家の前に友雅が迎えに来たとき、そこには天真、詩紋、ランの三人もそろっていたのである。 何かにつけて邪魔をしたがる天真は、あかねを好きであったことを引きずっているらしかった。 未練がある訳ではないが、体のいい憂さ晴らしというわけであろう。 もちろん黙って邪魔される友雅ではない。報復は逐一もらさずしていた。しかし、やはりうざったいもんである。 うとましく思いながらも、先に車に乗られては置いていくこともできず、友雅はしかたなく遊園地に向かった。 そのおかげで、着いてもいないうちからにぎやかな道中となってしまった。 「さて、行こうか」 パーキングに駐車し、車を降りた友雅は、当然のごとくあかねの肩に手を置こうとした。 そこにすかさず割って入る天真。 「さぁって! まずチケット買わなきゃな。おい、友雅、お前買ってこいよ」 「なぜ君に命令されなければならないのかな?」 あふれる怒りを抑えつつ、一応の笑顔を浮かべながら、腕を組みつつ威圧する。 「命令じゃねぇよ。ちゃんとお願いしてるだろうが」 どこがだ。 天真以外の全員が心の中で突っ込みを入れた。 ランがため息をついて天真の腕を引っ張った。 「お兄ちゃん。私たちは連れてきてもらったんだから、これくらいしないとでしょ! じゃ、ちょっとチケット買ってきますから待ってください。詩紋君も行こ」 「あ、はい」 「あ、コラ離せ。二人きりにしておいたら、あの野獣がなにするか……」 「別にいいじゃない、恋人同士なんだから」 「お前は間違っている、ただちに識見を改めてだな」 「間違ってるのは先輩ですって」 「友雅ぁ〜。てめぇ変なマネするんじゃねぇぞ!!」 遠ざかっていくにぎやかな声を聞きながら、あかねは赤面した。 「天真君ってば〜。こんなとこでするわけないでしょうが……」 そのつぶやきを聞き、友雅はいたずらな笑みを浮かべてあかねに抱きついた。 「おや、私はかまわないよ? 久しぶりのデートだからね」 「と、友雅さん!!」 「顔が赤いねぇ、熱でもあるのかい?」 そういって額を寄せた。 やっと二人きりになれたので、友雅は上機嫌であかねをからかう。 「と、友雅さん。は、離して!」 人前でなんてことを! あかねは真っ赤になって、友雅の腕の中でじたばたともがいた。 「おや? 君は私と離れていたいのかい? 抱きしめられるのは嫌?」 答えがわかっているくせにわざと聞いてくる友雅に、あかねは赤面したままうつむき、消えそうな声で言った。 「い……嫌じゃ…ないです」 小さいながらもしっかりと聞こえた答えに、友雅の顔も満足げにゆるむ。 「私もだよ、姫」 そして友雅はあかねの頬に口づけを落とした。 「こら野獣! あかねから離れろ!」 もうチケットを購入してきたのか、遠くから早足で近づいてくる天真の怒鳴り声が聞こえた。 「全く……情緒のかけらもない雄叫びだね……」 ため息をつきながら顔をあげる友雅に、あかねはくすくすと笑いながら言った。 「ふふっ、でもみんなで集まるのは久しぶりだから、本当は楽しいよ。たまにはこんなデートもいいんじゃない?」 にこにこと言うあかねに、友雅はやれやれと肩をすくめた。 「全く、君にはかなわないね。では、我が姫の望むとおり、本日は団体行動といこうか」 そして二人はランたちの待つ遊園地のゲートへと歩きだしたのだった。 「やっぱり人多いね〜。最初は何に乗ろうか?」 周りはすべて人、というほどではないが、人ゴミを見回してランが言う。 「やっぱコースターだろ、コースター!」 「先輩、最初にそれに乗るの…?」 いきなりメインディッシュに行こうとする天真を引き留め、詩紋は呆れた。 「お昼のすいてる時か、夕方にしようよ」 「そうよね〜、最初は軽い物からにしたいし…」 最初に乗るものを決めようと天真たち三人が話し込む中、友雅はあかねを振り返って聞いた。 「君は、何に乗りたいのかな?」 この遊園地に来たいと言ったのはあかねだ。何か希望があるなら、と友雅はあかねの顔をのぞき込む。 「観覧車に乗りたいの」 ここへ来た理由を聞いているのを悟り、あかねは言った。 「あ、でもね、今じゃなくって夕方。ここの観覧車、きれいな夕日が見えるんだよ。友雅さんと見たいと思って」 ダメ? とあかねは上目使いで友雅を見上げた。 「いいよ、一緒に見よう」 可愛らしいそのおねだりに、友雅は穏やかに約束をした。 「ねぇ、ウォーターズコースターに乗らない?」 ランが声をかけてきた。 ウォーターズコースターとは、ジェットコースターの水上版。少し濡れてしまうというウワサもあるが、今日はいい天気だ。日々夏の日差しに変わっていく今の季節ならば、たいした問題ではないだろう。 友雅もあかねも異存はなかった。 「よっしゃ、行くべ」 ウオーターズコースターの前。友雅は荷物を持って待っていると言ったので、あかねたち四人は列に並んだ。 それなりに人気のあるものなので、待ち時間が少しかかったが、やがて順番が回ってきた。 「ねぇ、このかっぱ、匂わない?」 乗り物に乗る直前、ランが顔をしかめて言った。 この乗り物は、衣服が濡れないようにとの配慮から、かっぱが貸し出されているのだった。 あかねはかっぱを手に取り、顔を近づけた。 たしかに少し匂う。 「そんなの着ないでいいじゃねぇか。他のヤツらも着てねぇよ?」 見ると着ないで乗っている者が圧倒的多い。 「ま、いいか」 それがどういうことになるかも知らず、あかねたちはそのままコースターに乗り込んだ。 「友雅さん、お待たせ!」 わーきゃーとたくさん叫んでコースターを降り、あかねは大満足で友雅のもとに駆け寄った。 「おかえり」 そう迎えた友雅は、あかねの姿を見て眉をぴくりとあげた。 「? どうしたんです?」 不思議そうな顔をするあかねに、友雅は無言で肩にかけていたスプリングセーターをあかねにかけた。 「大丈夫ですよ。この天気ならすぐ乾きますから」 風邪を引かないように友雅がかけてくれたと思ったあかねは、セーターを返そうとした。 思ったよりもたくさん濡れてしまったが、すぐ乾くだろう。 だが友雅はそんなあかねを制し、耳元で静かにささやいた。 「君の艶姿を他の男に見せたくないのでね」 肩にかけていなさいと頭をなでる友雅に、あかねは自分の姿を見直して小さく叫んだ。 「……お、お借りします」 白いカーディガンに薄水色のキャミソール。 薄い色の布は、濡れれば透けるのだ。 「次、何乗るか?」 天真が元気よく言う。 そのままその辺を歩きながら、適当な乗り物にいくつか乗って、昼も近づいた。 当初の詩紋の案の通り、少し空き始めたジェットコースターに乗る。 こちらも散々叫んで、次は……と、空腹を満たすために昼食を取ることにした。 ピークを過ぎたからか、どこのレストランもゆったりとしている。 一行はテラスのあるファーストフードの店に入った。 「次はこれに行かないかい?」 昼食が終わりかけたころ、友雅が園内地図を指さして言った。 「…ホーンデッドハウス?」 友雅が示したのは、いわゆるお化け屋敷だった。 「こ、怖いのはちょっと……」 弱気になるあかね。 そんなあかねにくすくすと笑いながら、友雅は言った。 「どうせ作り物なのだろう? それに、こちらの世界の怨霊というのも、見てみたいしねぇ」 「つ、作り物ですけど……」 「とかいっててめぇ、暗闇であかねに何かするつもりだろう!」 さすがに天真は鋭い。 しかし友雅はそんなことおくびにも出さず、ため息をつきながら言った。 「どうせ、君が邪魔をするんだろうに…」 最初からあきらめているよ。という風な友雅と、友雅の希望は初めてだからととりなすランに、結局ホーンデッドハウス行きが決まった。 「ちょっとお手洗いに行ってきますね」 そういって詩紋が立って、トイレの方に向かったとき、しばらく置いて友雅も立ち上がった。 「私も手洗いに行ってくるよ」 あかねに荷物を預け、友雅は詩紋と同じ方向に向かった。 一行のテーブルが見えなくなったところで足を速め、友雅は詩紋を引き留めた。 振り返った詩紋に、友雅は悪戯な笑みを浮かべて言った。 「詩紋。ちょっと協力してほしいことがあるのだが。…やってくれるよね?」 「通路は二人くらいでお進みください」 係員にそう案内されながら、一行は中に入った。 二人、ということなので、先頭を友雅とあかね。次に詩紋。そして天真とランが続いた。 詩紋は緊張していた。 その原因はお化けが怖いことでも、暗闇が嫌いということでもない。 それは他でもない、先ほど友雅に頼まれたせいだった。 願い出る形をとってはいても、確信をしているような問いかけと、やたらと威圧感のある笑顔に、もちろん詩紋が断れるはずもなく手伝う羽目になってしまった。 「はぁ〜」 指紋はため息をついた。 「なんだよ詩紋。怖いのか?」 後ろにいる天真が、からかうような口調で聞いてくる。 「ホーンデットハウスで天真が私に突っ掛かるようなことがあったら、それを足止めしてくれないか?」 「…そういうわけじゃ、ないんですけど…」 天真の顔を見上げ、また一つため息をつく。 「なんだよ、変な奴だな〜」 恨みがましく見上げる詩紋に、しかし天真はそれには気づかないで、詩紋に早く行けと小突いた。 「ふぅ……」 ボクって苦労性なんだな〜。 若干十代にしてにして、己のありようをさとってしまった詩紋。京から帰ってきて数年たった初夏のことだった。 「う〜〜」 あかねがうめいた。 そんなあかねを友雅がくすくすと笑い、あかねに向かって腕を差し出した。 「そんなに怖いなら、腕に捕まっておいで」 「はい〜」 あかねは好奇心の交じった不安げな瞳で、友雅の腕に抱きついた。 来た、と詩紋は思った。 「私たちがくっつけば、天真はどうせまた邪魔をしようとするだろう。その時、よろしく頼むよ」 友雅に言われた言葉が脳裏をよぎる。 見ると友雅が、こちらにこっそり流し目を向けている。 案の定、天真が声を上げた。 「また、どさくさに紛れて野郎……」 (ごめん先輩!!) 天真が先頭の二人の元へ行こうと、詩紋の隣を過ぎようとしたとき、詩紋は自分の足を天真に引っかけた。 「おわっ!」 「わぁっ!」 静かなアトラクションの中に、派手な音が響く。 天真に引っかけた足は、詩紋自身も転倒へといざなってしまった。 「てて。わ、わりぃ詩紋。大丈夫か? …あっ!!」 天真が顔を上げると、そこには友雅とあかねの姿が見えなかった。 「あの野郎、逃げたな!」 その片棒を詩紋が担いでいることなどつゆ知らず、天真はさっそく立ち上がって足を速めた。 「なにしてんだよ。早く追いかけるぞ!」 ランに助け起こされながら、詩紋は再びため息をついた。 自分の役目はまだ終わってはいない。むしろこれからが本番なのだ。 「人生って何だろう………」 出口に足早に向かう天真を追いかけながら、思わず詩紋はつぶやいてしまった。 |
〜あとがき〜 キリ番800Hitをお踏みになった橘こもとさまからのリク。 天真君出演希望とあったので、今回ちょっと悩んでしまいました。 なんせ、私の中で天真君といえば、物語を整理するためだけに出てくる損な役(爆)あ、でも愛してますよ彼のこと(本当かよ!?) まぁ、それとして。すなわち彼は、話かややこしくなったときだけ呼ばれる便利君。話の書き始めには、彼が出てくるなんて思いもしないのがつねでした。 しかし今回最初から出演することが決まっている!? どうするよ、天真?(聞くなよ!) そんなこんなで悩んでいたら、こんな話になってしまいました。 っていうか、後半へ続く!?(爆) |
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