いい旅ゆめ気分

 「冬です。というわけで、八葉のみんなとラン、そして私、あかねの10人でスキー場にやってきました。ちなみに1泊2日の温泉付きです」




 バスは舗装された山道を、チェーンの音を響かせながら登っていた。。
 ゆるいカーブを曲がり始めると、視界が開け、スキー場が顔をのぞかせた。
 あかねは隣に座っているイノリの肩をたたきながらいった。
「あ、見えてきた! ほらイノリ君。あれがスキー場だよ」
「うわっ! なんかいっぱい山から落ちてきてるぞ!?」
「落ちてるんじゃなくて、滑ってるんだよ。ボクらもあとで滑るからね」
 と詩紋も補足説明をする。
「この分だと、あと10分そこらで着くんじゃないか?」
 天真も窓の外を見ながら嬉しそうにつぶやいた。
 朝早くに出発して、今は10時ちょっと前。急いで着替えれば、お昼前にひと滑りができるかな、というところである。
「鷹通殿、なにをしておられるのですか?」
「もうすぐ着くなら、スキーとやらのやり方をもう一度おさらいしておこうと思いまして……。永泉様もいかがですか?」
「いえ、私は……」
「まったく、君は本当に勉強熱心だねぇ。ここに来るまでに何度も読んだんじゃなかったのかい?」
「確認しておいて損はないと思いますよ。友雅殿」
 にっこりと微笑みながら鷹通。
 それを聞いて、友雅はやれやれと肩をすくめた。
「そういえば、スキーをするにはスキー板というものが必要なのでしょう? 本当に用意してこなくてよかったのですか?」
 ふと、本から顔を上げてメガネを押し上げながら、鷹通は通路の反対側に座っているランに聞いた。
「大丈夫ですよ〜。スキー場でレンタルできますから」
「れんたる……ですか?」
 鷹通の隣に座っている永泉がかわいらしく首をかしげた。
 ランはそのかわいさに一瞬ひるんだものの、顔には出さず、
「えっと、つまりスキー場で借してくれるってことですよ。
 スキー板って高いし、ほとんどの人は頻繁に使う訳じゃないし、いちいち買うのは大変じゃないですか。もちろん、使用料は払わないとだけど、今回みたいにちょっと滑るだけなら借りた方が安いんですよ」
「なるほど……」
 鷹通はそうつぶやいて、また本に視線を戻した。
「泰明殿は、さっきから黙ってどうかしたのかい?」
 みると泰明は、目を伏せてじっとしている。
「……まがまがしい気を感じたので、出所を探っっていた」
「まがまがしい気?」
「そうだ」
 二人の会話を聞いて、天真が据わった目でつぶやいた。その頬を一筋の汗が伝い落ちた。
「…………遭難者の霊じゃねーだろうな」
「あは、あはははは」
 不幸にも聞きとめてしまったランも乾いた笑いを浮かべた。
「そ、それより頼久。今日はいつもと違って俺が教えるんだからな。先生と呼んで崇め奉るように」
 話をそらすように、そして無意味に偉そうに、天真はひとつ前に座る頼久の後頭部に言った。
 それまで静かに何かの本を読んでいた頼久が、話しかけられて顔を上げる。
「そうだな。神子殿をお守りするのに支障を出さないように、しかりと教えてくれ、天真」
「いや、だから先生って……」
 そんなこんなで、バスは雪山道をぐんぐん登っていく。
 どうでもいいけど、皆さんそろそろ降りる準備してよね。




「おや、荷物は下ろさないのかい?」
 バスを降りて、ハンドバックのみを片手にスキー場へ向かうあかねに、友雅は声をかけた。
 バスの中にはまだ、衣類や洗面用具の入った、いわゆる旅行カバンが積んであるはずだ。
「スキーするのにあの荷物は邪魔ですよ。このスキー場と今日泊まるホテルは連携してるから、手続きさえすればホテルに運んでおいてくれるんですよ」
 もう全員分お願いしてあるから大丈夫です。とあかねは答えた。
「それはそれは、神子殿は気が利くね」
「…………手続きしたのは、俺なんだけどよ……」
 にこにこと言うあかねに流し目を送る友雅を見ながら、とりあえず天真は小声で自己主張してみた。もちろん無視されたが。
「じゃぁ、着替えたら会おうね!」
 スキーウェアの入ったバックを片手に、一行は更衣室の前で別れた。
 とりあえずは、楽しい女子更衣室からレポート。
「かわい〜〜!! それ色が変わるやつだよね〜?」
「そうなの〜」
 スキーーウェアを広げながら、ランは嬉しそうにいった。
「でも高かったんじゃない?」
「うっふっふっ。実はね、お兄ちゃんが、少しなら出してやるって言ってくれたんだ〜」
「天真君が!? いいな〜」
 どうやら天真は、現代に帰ってきてからますますランに甘くなっているようである。
「あかねこそ、イノリくんと同じやつなんでしょ。いいな〜彼氏いる人は〜。あっ、あかねってば顔真っ赤。かわい〜」
「やめてよ、ラ〜ン〜」
 何ともにぎやかなもんだね、女子更衣室というのは。それより君たち、早く着替えないと男性諸君に呆れられちゃうよ?
 さて次は……って、男子更衣室はパス。書いてても楽しくないし(笑)あとで天真あたりにでも、ちょこっと聞くだけでいいか。




「遅い」
 ぼそっと呟いたのは、やはり天真。
「あかねもランも、一体何やってるんだ?」
「女性にはなにかと用意があるのだろう。それに、いい女というのは男を待たせるものだよ」
「いい女……ねぇ」
 我知ったり顔でいう友雅に、天真はため息交じりにあいづちをうった。
 ところで天真君。男子更衣室の様子はどんなだった? なにかトラブルとか起きた?
「ああん? トラブルなんて別に起きなかったぜ。つか、ヤローのレポなんて、おもしろくもなんともないから聞かないでくれ」
 はぁ、さいですか。
「……天真、何を一人でぶつぶつ言っているのだ?」
 不審に思ったか、頼久が聞いた。
「なんでもねぇよ。
 あ、そだ。今のうちにスキー板とか借りてきちまおうぜ」
「だが、神子殿たちがまだ来ておられないぞ」
「あいつらは自分の板持ってるからいいんだよ。詩紋、お前も持ってたよな? ここで留守番しててくれないか?」
「いいですよ。アレ? でも先輩も持ってるんじゃ……」
 子犬のように首をかしげながら詩紋。
「こいつらだけで行かせるわけにはいかねぇだろ」
 じゃ、よろしくな。と天真はほかの6人を引き連れて行ってしまった。
 ぽつん、と一人残った詩紋は、ゆっくりと息を吐いていった。
「……ふぅ、ヒマになっちゃた」




「イノリはスノボーの方がいいんじゃないか?」
「な、なに? すのぼ?」
「スノーボード。スケボーのスキー版ってとこかな」
「へぇ、それなら簡単そうだな。あ、でもすきいってのもやってみたいしな」
 スケボーならイノリは得意である。いまさらやってもねぇ、ということであろうか。
「なんだったら、後で詩紋と交換すればいいじゃねぇか。あいつはスキーだったはずだし」
「ふぅん……。よくわかんねぇけど、天真がそういうなら、そうしてみるか」
「ほかの奴らはどうするんだ?」
「私はスキーにする。そのほうが入りやすいのだろう?」
 そう言ったのは頼久だ。
「どうだろうな。まぁ、ストックもあるし、スキーの方が安定性はいいかもな。どっちにしろ、俺は両方できるから教えられるけどな」
「そうか……」
 頼久は考え込んでしまった。
「そういえば友雅はどこへ行ったんだ?」
 きょろきょろとまわりを見回す。だが友雅の姿は見えないようである。
「呼んだかな?」
 真後ろから声がしてきた。
 振り返ると友雅が立っていて、すでにスキー板をかついでいた。
「な、お前もう借りたのか? サイズとか間違っていないだろうな」
「あそこにいるお嬢さんが、親切にも選んでくれてね。やはり、初めてならスキーの方がいいとか……」
 友雅の示す先には、レンタル所の係員のお姉さんがいる。案内すべき客は他にもいるというのに、いまだ友雅の方を見てぽや〜っとしていた。
「……まったく、どこへいってもやることは一緒だな。お前は」
「いえいえ、どういたしまして」
 ったく、どういたしましてじゃねーよ。と天真は心の中で突っ込んだ。
 そんなやり取りはさて置いて、結局、天真とイノリがスノボー。そのほかはスキーということに落ち着いた。




「あ、天真先輩たち、お帰りなさい」
 ふたたび来たは更衣室前。しかし、あかねたちの姿はまだなかった。
「あ? もしかしてまだ来てないのか?」
「実は……まだ……」
「あ〜い〜つ〜ら〜!!」
 出て来たら噛み付いてしまいそうな口調で、天真はうめいた。
 ほら、だから早く着替えなって言ったのに……。
 そのままそこに留まること5分少々。ようやくあかねたちが出て来た。
「お前ら〜。どんだけ待たせれば気がすむんだ〜!?」
「ごめ〜ん。帽子がなかなか見つからなくって〜」
 ランが悪びれもせず言う。
「ったく! 今度からもう少し早くしろよな!」
 威嚇する狼のような剣幕で言いつつも、結局は水に流してしまう、妹を持つ兄の悲しい性であった。
「ごめんね、イノリ君。待ったよね?」
 あかねは、心底申し訳なさそうにイノリに言った。
「いや、いろんなの見てたから、そうでもなかったぜ。
 さっき「すのぼ」ってのも借りてきたんだ」
 やはり「待った?」「いや、今来たところ」はカップルのお約束なのだろうか。
「イノリ君は、スノボーなのね」
「あかねは違うのか?」
「私はスキーの方だよ」
「なんだ。じゃぁすきいのほう借りてくればよかったぜ」
「滑っちゃえば同じだよ。一緒に滑ろうね」
 二人のそばに詩紋が近寄ってきた。
「あかねちゃん。ハイ」
 といって、天真名義で送っておいたスキー板を渡した。さっき天真が、借りるついでに引き取ってきたのだ。
「あ、ありがと。詩紋君」
「そろそろ行くか」
 全員の支度ができたと見て取って、天真が声をかけた。
 あれ? しかし、人数が足りないような……。
「友雅はどこへ行ったんだ?」
「友雅殿でしたら先程、知らない女性と行ってしまいました。神子殿たちがいるとはいえ、男八人はむさ苦しいし、この人数では教える側が大変だろうから、と言っておりました。一応お止めしたんですが……」
 申し訳なさそうに鷹通。
 天真は盛大にため息をついて、
「あいつはも〜。いいや、もうほっといて俺たちだけで行こうぜ。ホテルは分かってるはずだし、何かあってもどこかの女が助けてくれるだろ」
「そんな投げやりな……。でも、否定できないね」
とは、なにげに一番保護者っぽい詩紋のコメントでした。




「さ〜てと〜! 久しぶりに滑るぜぇ!」
 ここはゲレンデ。澄んだ冷たい空気にサラサラな上質な雪。人々の表情は高揚していて、最高にいい気分である。
「まずはアレに乗って山の上まで行くぜ。最初は……初心者用かな、やっぱ」
 では参りましょうか。ということで、一行は板をかついでリフトに向かった。
「イノリ君。気をつけてね、タイミングを合わせて座るんだよ」
「タイミング……、調子を合わせて、ってことだよな。まかせろ!」
 まず、イノリとあかねが乗る。
「……なるほど、時を見計らって乗ればいいのだな?」
「おう、お前は運動神経いいし、大丈夫だろう」
「ああ、頑張ってみる」
 次は頼久と天真。
「ああ! 永泉さんあぶない!」

 ごす。

「だ、大丈夫ですか!? すごい音したんですけど……」
 ランが心配そうに顔をのぞき込むと、永泉は何とかほほ笑んで、
「だ、大丈夫です。打たれ強さには自信がありますから」
「来たイスに腰掛けるようにしてくださいね」
「その……申し訳ありません。私のせいで先程の椅子を逃してしまって……」
「いえ、その、いいですから……、じゃ、せーので行きますよ?」
「はい」
 そんなこんなで永泉、ランが乗り。
「泰明さん。本当に一人で大丈夫ですか?」
「問題ない。それに一人ではないではないか」
「え??」
 泰明は次のリフトを指さし言った。
「あそこにすでに乗っている者がある。あの赤い……そうか、お前には見えないのか」
「え? あ、赤……」
 詩紋はなんとなくその先が聞けなかった。
 と、いうわけで泰明が一人+αで乗り。
「さて、詩紋殿。私たちの番ですよ」
「あ、そうですね。乗らなきゃ」
 とかいいつつも、このリフトには何かが乗ってたりしないよな。とか躊躇してみたりな詩紋と、先程とは違ったハンドブックサイズの「スキー入門」をポケットに押し込みつつの鷹通がしんがりで、一行は山を登って行く。
 はぁ、前途多難な予感、ね。




 さて、やっと滑ろうかというところ、初心者用コースのてっぺんである。
 頼久には「先生と呼べ」とかいいつつも、今の天真はスノボーモードである。
 なので、天真とイノリ。そして、スキーのレクチャーは詩紋とランでおこなうことになった。
 ちなみに遥かなる現代の中で(笑)の主人公・あかねは、滑れるといってもまだまだ素人ちっくなのである。
「でも、滑れるんだろ? 俺を…置いていくなよ」
 少々ふてくされたようにイノリがいう。好きな人とは一緒にいたいよね。
 そんなやきもちを嬉しく思いながらも、あかねは言った。
「でも、まだまだ下手なんだ。今日練習して、イノリ君と一緒にいっぱい滑れるように頑張るからね」
「おう!」
 あ〜、ハイハイ、勝手にやって状態の天真。二人の隣で手持ち無沙汰である。
 一方、スキー組は。
「……という感じに滑ります。あとは慣れかな、自分の滑り方を見つけると楽ですよ」
 と、ランの説明が終わった。
「ちなみに説明がカットされたのは、ひとえに作者がスキーをあんまり知らないからだよ。知らないくせに書こうだなんて無謀だよね。でも、とりあえず僕らの珍旅行記を書きたかったらしいから、大目に見てあげてくださいね。頑張っておもしろくしてるようだし」
 子犬のような詩紋スマイル。
 ありがとう詩紋君。私の代わりに弁解してくれて。君の愛は確かに受け取ったよ(哀愁)
「子供のころに滑って転んで、ダルマになったのよね」
 ほっといてよ、ランちゃん。
「じゃ、まずはためしって事で、ゆっくり下まで降りてみましょ」
 ランの声をきっかけにして、それぞれに滑り始めた。
 が、向きが違うのは一匹……。
「詩紋殿〜、ラン殿〜。滑れましたよ〜」
『永泉さん!?』
 見ると永泉が軽やかに滑っていく。……後ろ向きで。
 艶やかな長髪は追い風に揺れ、ほんのりと上気した頬は薔薇色。乙女とも見まがうその笑顔。
「う、後ろ向き?」
「……………………だね」
「なんか上手いね」
「そうだね」
「ところで〜。止まらないみたいなんですけど〜?」
 初心者とは思えない無理のないフォーム(ただし後ろ向き)。それなりにスピードもあり、綺麗なシュプール(ただし後ろ向き)。しかも転ばない(ただし後ろ向き)。

――結局。

「助けてください〜」
 嗚呼、声が遠くなっていく。
「ふだんから消極的な人だけど、ここまでだなんて……」
「って、感心してる場合じゃないよ! このままじゃ人にぶつかっちゃう!!」
「ああ! そうだった!」
 慌てふためき追いかけようとする二人。
「僕が行ってくるから、ランちゃんは他の人見てて!」
 詩紋はスピードを上げて永泉を追いかけていった。
 余談だが、詩紋の滑り方は上手いよ。
「大丈夫かなぁ……」
 心配する気持ちは分かるけど、他の人も見てあげようね、ランちゃん。
「あ、はいはい」
 残ったのは頼久、鷹通、泰明。ランから見て、この三人は大丈夫に見えた。
 頼久はもともと運動神経がいいし、速いスピードに戸惑いながらも無難に滑っている。
 鷹通は「スキー入門」の成果なのか、実にお行儀のいい滑り方だ。スピードが出てないけど。
 泰明は……。やはり彼は「必殺・問題ない」なのか。……とりあえず、問題ないとだけいっておく。
 はてさて、この先、どうなることになるのやら。

 

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